Cut and Project

方眼紙の格子点に、原点から無理数の傾きで直線を引きます。その直線に沿って細い帯をかけ、帯の中に入った格子点だけを直線へ落とすと、二度と同じ並びを繰り返さないのに規則正しい、準周期的な点列が現れます。準結晶やペンローズタイルを作るのと同じ手続きの、いちばん簡単な場合です。

切って落とす

傾き α\alpha の直線 y=αxy = \alpha x を引き、格子点 (m,n)(m, n) について直線に平行な向きと垂直な向きの座標を測ります。

t(m,n)=m+αn1+α2,s(m,n)=nαm1+α2t(m, n) = \frac{m + \alpha n}{\sqrt{1 + \alpha^2}}, \qquad s(m, n) = \frac{n - \alpha m}{\sqrt{1 + \alpha^2}}

ss は直線からの符号つき距離、tt は落とした先の位置です。s|s| が帯の幅の半分より小さい格子点だけを残し(切る)、tt の順に並べる(落とす)。この 2 段構えが cut and project という名前の由来です。

格子と帯

100% 幅 1.3764(基準幅)
0% 中心 0.0000
x ≤ 20 34 点

直線の上に置かれた太い線が、落ちてきた点が切り分けた区間です。長いほう(青)を L、短いほう(橙)を S と呼びます。帯の中の格子点は右へ 1 マスか上へ 1 マスずつ進む階段になっていて、右へ進めば L、上へ進めば S が 1 つ増えます。

LSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLS

間隔が 2 種類だけになる幅

帯の幅を単位正方形の影の長さに合わせると、格子の 1 マスにつき必ず 1 点が通ります。この幅を基準幅と呼びます。

W=1+α1+α2,L=11+α2,S=α1+α2W = \frac{1 + \alpha}{\sqrt{1 + \alpha^2}}, \qquad \ell_L = \frac{1}{\sqrt{1 + \alpha^2}}, \qquad \ell_S = \frac{\alpha}{\sqrt{1 + \alpha^2}}

このとき隣り合う点の間隔は L\ell_L S\ell_S の 2 種類しかなく、その比は L/S=1/α\ell_L / \ell_S = 1/\alpha です。幅を広げると帯に 2 点同時に入る列ができて 3 種類目の間隔(緑)が生まれ、狭めると点が抜け落ちて間隔が伸びます。上のスライダーで確かめられます。

基準幅 W1.376382いまの幅1.376382100%)
間隔の種類2その長さ0.5257 / 0.8507
L の本数4000S の本数2472
L / S1.6181231/α1/\alpha1.618034

集計は x ≤ 4000 の範囲(6473 点)です。基準幅なら L と S の本数比は 1/α1/\alpha に近づきます。黄金比の場合はこれが φ 自身になり、長さの比も本数の比も同じ φ になります。

帯の中は無理数回転

なぜ点列が繰り返さないのかは、直線からの距離 ss を追うと分かります。1 歩進むごとに ss は必ず同じ量だけ下がり、帯の下端を割ると上端へ回り込みます。

sk+1skα1+α2(modW),α/1+α2W=α1+αs_{k+1} \equiv s_k - \frac{\alpha}{\sqrt{1 + \alpha^2}} \pmod{W}, \qquad \frac{\alpha / \sqrt{1+\alpha^2}}{W} = \frac{\alpha}{1 + \alpha}

つまり帯の断面は円周で、点列はその上の回転です。回転数 α/(1+α)\alpha / (1 + \alpha) = 0.381966 α\alpha が無理数なら無理数なので、同じ位置に二度と戻れません。これが「周期がない」ことの正体で、一様分布列 リサージュ曲線が閉じないこと と同じ現象です。

横軸が何番目の点か、縦軸が直線からの距離です。細い線でつないだ下りはどれも同じ傾きで、これが毎回同じだけずれることを表します。下端を割った回(線が切れている場所)が上端への回り込みです。窓は 2 つに分かれていて、下側(橙、長さ 0.5257)に落ちた点は次に上へ進んで S を、上側(青、長さ 0.8507)に落ちた点は右へ進んで L を作ります。基準幅ならこの 2 つの長さの比が、そのまま S と L の出現比になります。

長く並べる

LSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLS

  • 調べた文字数: 6472
  • 周期: この範囲では見つからない
  • 同じ並びが繰り返されないのに、L が 2 つ以上連続する場所と S が離れて現れる場所の形は数種類しかありません。どこを切り取っても似た顔をしている、というのが準周期の意味です。

有理数の傾きなら周期的になる

傾きが α=p/q\alpha = p/q なら、直線は格子点 (q,p)(q, p) をぴったり通ります。そこで図全体を (q,p)(q, p) だけ平行移動すると、格子も直線も帯もそっくり自分に重なります。だから点列は p+qp + q 文字ごとに同じ並びを繰り返します。

無理数の傾きでは、直線が通る格子点は原点だけです。重ね合わせられる平行移動が存在しないので、点列はどこまで行っても同じ並びに戻りません。傾きを 8/13 にすると、φ の連分数近似だけあって 1/φ とよく似た並びが出ますが、21 文字でぱたりと繰り返しに入ります。

傾きL / S の比周期点列
1/φ = (√5 − 1)/2 … 0.61801.6173なしLSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSL
√2 − 1 … 0.41422.4096なしLSLLLSLLSLLSLLLSLLSLLLSL
√3 − 1 … 0.73211.3636なしLSLSLSLLSLSLLSLSLSLLSLSL
π − 3 … 0.14167.0588129LLLLSLLLLLLLSLLLLLLLSLLL
1/22.00003LSLLSLLSLLSLLSLLSLLSLLSL
3/51.66678LSLLSLSLLSLLSLSLLSLLSLSL
8/13 … 0.61541.621621LSLSLLSLLSLSLLSLLSLSLLSL

π − 3 は 16/11316/113 に非常に近いため、この表の範囲では周期があるように見えます。実際には 113 マスよりずっと先でずれが現れます。無理数かどうかは、有限個の点を見ても分からないということです。

フィボナッチ語との関係

傾きを 1/φ1/\varphi にすると、出てくるのは置き換え規則

LLS,SLL \to LS, \qquad S \to L

で伸びるフィボナッチ語です。 LSLLSLSLLSLLSLSLLSLSLLSLLSLSLLSLLS のように伸びていき、n 回置き換えた語の長さはフィボナッチ数になります。

帯を上下にずらすと、出てくる点列そのものは別の並びに変わります。ところがそこに現れる有限の並び(部分語)の顔ぶれは変わりません。いまの設定で先頭 40 文字がフィボナッチ語の中に現れるかを調べると 16 文字目に見つかる。局所的には見分けがつかないのに全体としては別物、という性質は、準結晶の回折像が鋭い点になる理由でもあります。

性質

  • 点の密度は帯の幅そのもので、単位長さあたり 1.3764 個です。1+α2\sqrt{1+\alpha^2} = 1.1756 が直線の傾きぶんの引き伸ばしを表します。
  • L の割合は 1/(1+α)1/(1+\alpha)、S の割合は α/(1+α)\alpha/(1+\alpha) です。どちらも無理数なので、有限の周期では実現できません。
  • 同じ作り方を 5 次元の格子と 2 次元の平面で行うと、5 回対称のペンローズタイルが出てきます。1984 年に発見された準結晶は、この構造が実在することを示しました。
  • 帯の幅を基準幅からずらすと点列は準周期でなくなります。「切る幅」が構造を決めるという点が、この作り方のいちばんの勘所です。